郁菱万の短編置き場です。
(二万字以上の物語にはタイトル冒頭に「@」をつけています)


【試し読み:共感覚の音楽】
 母からはいつもそよ風のような曲が聴こえていた。金色の麦畑に風が吹き、穂波がさざめきながら駆け抜けていくようなその曲は、物淋しさと同時に、底知れない安堵の念を抱かせた。
 思えば、幼いころから聴こえてはいたのだ。
 あまりに当然に鳴っているものだから、人間から曲が聴こえることをふしぎに思わずに育った。
 幼稚園に通っていたころは、だいたい子どもたちからは曲ではなく単音が聴こえた。それぞれ独特の楽器を持っているかのようで、具体的に何の音とは言い表せなかったために口にはしなかった。ときおりずっと聴いていたいような音を奏でている子もいれば、耳を塞ぎたくなる雑音を発している子もいた。先生たちからは単音ではなく旋律ある曲が聴こえたので、母にはよく、あの先生の曲が好き、という言い方をした。母からすれば、子どもたちへ披露するピアノの演奏か何かだと勘違いしたはずだ。
 母が、我が子が独特な感性を持っていると見抜いたのは、小学校へあがってからのことだった。じつに産まれてから六年も経っていた。
「ヨシキくんからはウンタン、ウンタン聴こえてね、でもマナミちゃんからはコップが割れたみたいな曲が、ギーギーって」
 小学校へあがったときにたびたびそうしてクラスメイトたちを評していた。初めこそ聞き流していた母だったが、件のギーギーの女の子が虐待されていると判明してからは、すこし受け取り方を変えたようだった。
「ほかに似たような音が聴こえる子はいる?」
 母からそのようなことを訊かれ、同じクラスにはいないけど、と同様に、耳を塞ぎたくなるような音を発している子を、クラスや学年を問わず、言って教えた。
 列挙した者たちのなかには、先生も含まれていた。
 子どもたちの泣き声といろんな声音の「せんせい」だけで雨音みたいな曲を奏でている先生がいる、と言うと、それから半年後には、その先生は学校からいなくなっていた。教師を辞めたらしい。母が何かしたのかは判然としない。だが、その後も似たような出来事が幾度かつづいた。
「母さんはどんな曲なの」
 いつか母がじぶんからそう訊いてきたことがあった。すこしせつなくてすごく落ち着く曲だよ、と言うと、口笛で吹いてみて、と母はせがんだ。
 思えば、具体的な旋律を聴かせた憶えはなかった。耳を澄ましてもよく聴こえるわけではない。目で聴くといったほうがちかいかもしれない。かといって目を凝らせばいいというわけでもなく、その人物をぼーっと眺めながらその奥底へと視軸をずらしていくと、曲の旋律や律動がより鮮明になって聴こえた。浮き上がるようなと言えばそのとおりで、聴こえる曲はデコボコとそれぞれに独特の起伏を持ち、触感まで伝わるようだった。
 母から聴こえる曲を口笛で演じた。奏でるというよりもそれは、目をつぶって相手の顔かたちをゆびでなぞり、確かめるような、彫刻づくりを思わせた。
 ぼんやりと母の奥底を眺めながら、浮かびあがる旋律を追いかける。
 ひととおり吹き終えると、意識が浮上するのを感じた。感じたことで、いままで意識が潜っていたのだと気がついた。
 母の顔へとふたたび視軸を合わせたとき、母はしずかに泣いていた。じぶんでもなぜ泣いているのか解からないといった顔つきだ。頬に伝うシズクをゆびで拭ってから、ようやく涙を流していることを自覚したようだった。
 しばらく母は何も言わなかった。
 てっきり褒めてもらえるものかと思っていただけに、無反応な母の態度は、どこか怒っているふうにも映った。
 吹かなければよかった。後悔の念がざわざわと胸の奥から湧きあがってきたころ、母はおもむろにこちらの身体を抱き寄せた。
「びっくりしちゃった」
 母はただやわらかくこちらのつむじに頬を押しつけた。
 その日から母はもう、他人からどんな曲が聴こえるのかを訊ねなくなった。
 代わりに、なぜかピアノを購入しては、何を言うでもなく、暇を見つけては自分で鍵盤を叩いた。
 母がひたむきにピアノに向き合うものだから、気になっていっしょになって弾いた。楽譜も読めない子どもの打鍵だ。演奏とも呼べない拙いピンポロが鳴るばかりだ。
 母はことさらうれしそうにした。いま思えば、うまい具合に釣られただけかもしれない。気づけば母が鍵盤にゆびを躍らせる時間よりも、じぶんがピアノに向き合っている時間のほうが多くなっていた。
 ときおり、他人から聴こえる旋律が耳に残っていることがあった。仲の良いクラスメイトや、ついつい目がいってしまう別クラスの子、親友としゃべるかのように赤ちゃんに話しかける母親らしき女性や、心ここにあらずの様子で自転車をこいでいる青年、耳に残る曲の多くは、好きな映画を観たときのような心のつばさを胸の奥に根付かせた。
「それ、すてきな曲」
 ピンポロと拙い演奏でも、母は耳ざとく聴きつけては、感想を言った。
 ときおり、あれが聴きたいな、と注文をつけることもあった。ほらほら、あのときの、と母のあいまいな言い方が不便だったこともあり、他人から聴こえる曲に名前をつける習慣がついた。
 ころのころになって、友人たちとの交流を介し、大衆音楽に馴染みを持つようになる。友人たちがこぞってハマっているそれら大衆音楽は、たしかに愉快で、明快な旋律を伴っていた。嫌いではない。みなが好むのも理解できた。ただ、いつもひと足先に飽きてしまった。
 ずっと聴いていられる曲、耳に残るのは、いつだって他人から聴こえてくる旋律のほうだった。
 楽譜はいつまで経っても読めなかった。問題はなかった。弾きたい曲が楽譜のなかにはなかったからだ。
 他人に浮かんで聴こえる旋律の起伏は、紋様のように、或いは年輪のように、固有のカタチを備えていた。
 他人に浮かび聴こえるそれら紋様を、絵にすることで、楽譜の代わりとした。
 繰り返し演奏していくうちに、ピアノの弾き方は上達した。ピアノを習うような人たちの弾き方とは違っていたはずだ。一から十まで独学だ。キィボードを見ずに文字を打てるブラインドタッチがピアニストなら、独学のこれはさしずめ初心者の打鍵だ。人差し指と中指しか使わない。
 それで構わなかった。関係がないからだ。弾く曲が違っている。何を演奏するのかが重要で、どう弾くのかも、けっきょくは、他人に浮きあがり聴こえる曲を再現できさえすればそれでよかった。
 母はいちどだけ、ピアノを習いにはいかないの、と言った。行ってほしそうな言い方だったので、体験入学にだけ参加してみたものの、肌に合わずに習うことはなかった。
 大衆音楽やクラシックなど、音楽家たちの創作した曲の演奏を極めるよりも、じぶんが弾かなければ認知されることのない曲を奏でるほうがじぶんにとってはだいじだった。
 みなには聴くことのできない、人間から響く固有の曲を、みなにも聴けるようにしたい。
 最初からそう思っていたわけではない。いつの間にかだった。ともあれ、口笛をせがまれ、ピアノを弾くようになり、またあれを弾いて、と催促する母の影響は無視できない。
 じぶんにとって当然そこに有り触れて当然だった音色が、曲が、みなには視ることも触れることも叶わない、そこにあってないものだと実感してからは、せめて聴いてほしい、知ってほしいとの思いが、すこしずつであるにせよ、熟成されていた。
 ピアノを使ってそれらの曲を再演すると、一人、また一人と耳を傾けてくれる人間が増えていった。これも演奏をやめなかった理由の一つかもしれない。
 知ってほしい、聴いてほしい。
 演奏にそうした望みをこめるたびに、聴かせてほしい、教えてほしい、と望む人が集まった。
 楽譜の読み書きのできないこちらに代わって、曲を書き留めてくれる善意のひともでてきた。演奏した曲がネット上に流れると、噂が徐々に広まり、天才作曲家の惹句でマスメディアが取り上げるようになった。
 あいにくとしかし、こちらは作曲家ではなかった。もともと曲はそこかしこに溢れている。彼にも、彼女にも、あなたにも、あなたたちにも。
 著作権を主張はしなかった。放棄してもよかったが、そうすると新たに権利を主張してくる人間がでてくると知ってからは、ただ権利を主張しないだけに留めた。
 演奏した曲や楽譜、その音源など、どのように使われようと黙認した。端からどうこう言える立場にはないのだ。
 ピアノの技術そのものはプロとは呼べない。却って、広く知られることで、プロが演奏する機会が増え、より曲の魅力が伝わるようになった。それはこちらとしてもよろこばしいことだった。
 作曲家にも、音楽家にも、もちろんピアニストにだって、なりたいわけではなかった。
 ただ、この素晴らしい曲たちを一人でも多くの人たちに知ってもらいたい。
 ときおり、耳を塞ぎたくなるような曲も再演した。
 うつくしい曲だけを取り上げつづけるのは、何かが違うと感じたからだ。
 世界はたしかにうつくしい。けれども、うつくしいばかりではない。
 作曲者は病気だ、といった批評が出回るようになったが、意に介さない。
 たしかにそうかもしれない、と思ったほどだ。
 みなには聞こえない曲が聴こえ、みなには見えない紋様が視えている。正常でないのは疑いようがなかった。
 ただ、病気で何がわるいのか、と思いはした。
 誰かを傷つけたり、損なったりしているわけではない。治す必要のない病気はもはや、病気ではない固有の何かだ。
 再演した曲はどれも有名になった。ただ、懐には一銭のお金も入らない。ときおり寄付を名乗るお金がどこからともなく送りつけられてくることもあったが、差出人が判明していればお送り返し、そうでなければすべて国へ寄付した。
 人々の暮らしが豊かになればなるほど、世界に溢れる曲はその色彩を深めていく。紋様はより繊細に、斬新に、独特さと複雑さを極め、幾重にも描きつらねた絵のように、やがて単調な黒へと回帰していく。
 遺体からは黒い曲が、ただ静寂となって垂れている。
 この曲だけはどうしても再演できない。
 きっと、それの演奏は、一人につき一度までと決まっているのだ。
 やがて訪れる最期のときまで、みなの曲を、紋様を、この世界へと一つでも多く響かせておきたい。波紋のごとくどこまでも拡がるそれはいずれ、あなたの耳にも届き、カタチを変え、あなたの紋様を、曲を、より固有の音色に染めあげていくはずだ。
 母は亡くなる前に、最後だからいいでしょ、とこちらの手を握った。
「あなたからはどんな曲が?」
 じぶんの胸に手を当てれば誰でもじぶんの鼓動を感じることができる。同じようにして、余命いくばくもない母へと、口笛を吹いて聴かせた。
「単調な、つまらない曲だろ」
 終わってから言うと、母は、ゆるゆると首を振った。幼き日、初めて口笛を吹いて聴かせたときのように、びっくりした、と目じりにしわを寄せた。母のしわのうえにシズクが浮かぶ。母から聴こえる曲を吸いとったようにそれは、そよ風の結晶のごとく淡い青の紋様をまとっている。

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ジャンル

ファンタジー

作家

郁菱 万

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11

文字数

2,785,398

評価pt

7

最終更新日

2021年09月19日 00時27分

掲載日

2016年05月15日 15時01分

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